−4− 幾千年泰然と残る石墓


ドルメン(コインドル)

 萬吉郎が愛し、案内された半泥子も絶賛したのがドルメン。ドルメンとはフランスはブルターニュ地方の方言、英語でテイブルストーン、朝鮮語でコインドル、支石墓と訳す。古代の巨大な石のお墓である。満州から朝鮮にかけて、また蒙古の一部、フランスにも五千個ほどある。台石の上に巨石が乗っている。その石の大きさは、六畳大のも八畳大のも。誰も見向きもしない、この得体の知れない物体について半泥子は、「全く知恵などということは顧みずに、力だけで成し遂げた仕事としてこれほど男性的な、素直な、痛快極まりないものが又とあろうか。チマチマした、勲記まで彫り付けた墓など問題にならん」と書き、「幾千年の昔からどっしりと収まりこんでいる此のドルメンを比べて考えるとき、いよいよ知恵よりも力の優れて大なることに心を打たれざるを得ない」と書いた。
 萬吉郎は、「単調無味な南朝鮮の愛すべき存在である。無心の土民たちは周囲を開墾して畑にしている。ドルメンが何だかさっぱり知らない。昔から住んでる人も、開拓に来ている人も、内地の人も、お役人も一向御存じない。それよりも現実の利害ばかり。株が上がったの下がったのばかり。近代人は余りにも考えることが近視眼的だ。どうして渋いお茶がわかろう。古い器に昔を忍ぶ風流とは凡そ縁遠い。余り悟り過ぎて足元が見えぬのも困るが、過去も未来も少しは考えたらどうだろう。かつては日本に文化を伝えた南朝鮮数千年来の文明の跡に、今果たして何が残っているだろう。宮殿楼閣、仏閣堂塔、すべて失われて、ただ殺風景な山河に残るものは極めて鈍重なドルメンばかりである。鈍重な物は残る。ドルメンが幾千年の歳月を無事に過ごして来ることが出来たのは、全く何の役にも立たない存在だからである。ちょっとでも役に立つ物は人間の欲が破壊し尽くしてしまう」という偉大な結論に達したのであった。
 萬吉郎は、故郷の滋賀県神崎郡五箇荘簗瀬にある菩提寺、光寿山帰命寺に、昭和十二年七月、父母の菩提を弔うため朝鮮から李朝時代の石人一躯を持ち帰り、寄贈した。そして昭和六十三年、その建立五十周年を記念して冊子を作り、次のように書いた。
 「昭和天皇の代に日本は大陸から退く事になる、早く持ち帰って置かないと持ち帰れないと思った」という。まだ太平洋戦争も始まっていない昭和十二年にである。それから五十年、彼は《この石仏建立が、私の一生涯に於ける最も大事な事業であった》と書く。
 どういうことからその結論に達したかというと、二三十年前、西本願寺の総務、安倍大悟先生が「人間死んで五十年後に忘れ去られない人は、余程偉い人である」と言った。
 昭和の初め、当時漢文の第一人者は西本願寺の法主・大谷光瑞師と、中尾万三といわれた。中尾万三と云う人は薬学博士でロート目薬の発明者。萬吉郎の先輩で宇治木幡在住。むずかしい漢文の書物を新聞を読むように読みこなした。氏の最大の功績は、「世界の謎」といわれた「越州秘色青磁窯跡発見」。どうして見つけたかと云うと、中国浙江省余姚県誌の中から「上林湖秘色を焼く」という記述を発見し調べさせたところ、湖畔から越州秘色の破片がたくさん出た。萬吉郎曰く、「ズバ抜けて偉い人だった」。
 その中尾万三が昭和十一年、五十五歳で死んだ。五十年経ったら誰も中尾万三の事を云わない。こんな偉い人が忘れ去られるなんて、と彼は暗然となる。彼は次のように書く。
 「ふと思い出したのは歸命寺の石仏さんのことである。丁度来年は建立五十周年になるが、この仏さんはこれから先、百年経とうが二百年過ぎようが平気の平坐で帰命寺の庭にほほ笑みを浮かべて立って居られるであろう。降ろうが照ろうが、寒かろうが暑かろうが泰然自若として。私は八十四歳を迎えた今日、よい記念品をもって帰っておいた、親子二代三十五年の海外生活、終戦で引き揚げたが、海外在留の記念品は此の仏さん一つであった。私もいずれ死ぬ。しかし、持ち帰った仏様はお寺の方々に守られて幾百年も後まで残ると思ったとき、大きな《安心》を得られた。何か残そうとしてあくせくする必要ははないのだ。寺の石仏さんが長く生き延びて下さるのだ、と思うと雑念が消えて、頭の中がすっきりして、軽く清々しい気分になった。さっぱりした気持ちで暮らすということは、更に寿命を頂いたことになりはせぬか。《無量寿》という言葉がお経の中にあるのを思い出して《わしは寿命を頂いた》ということをつくづく有難く思って、涙を禁じ得なかった。村に帰り帰命寺を訪ねる毎に、一礼もせず石仏さんを眺めて来たが、今や私の代わりとして長く寿命を保って下さる御仏としてうやう やしく礼拝して、家に帰ろうとしみじみと感ずるのであった」。

  幾百年の寿命たまいし御仏のえがおを仰ぐ寺の庭かな
  海こえてわたり来りし石仏は平和な村のシンボルにして
  昭和六十一年一月二日萬吉郎八十四歳
(つづく)


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